私有地の上空、所有権はどこまで及ぶのか。「一律の基準は存在しない」が政府の答え
他人の土地の上空でドローンを飛ばしてよいのか。この問いには、政府が文書で答えを出しています。 内閣官房小型無人機等対策推進室が法務省民事局と調整のうえまとめた整理は、土地所有権が及ぶ空間の範囲を「利益の存する限度」とし、「常に土地所有者の同意を得る必要がある訳ではない」と明言しています。 そして高さについては「一律の基準は存在しない」、さらに「航空法において規定されている最低安全高度は……土地所有者の『利益の存する限度』の範囲を定めるものではない」とまで書かれています。 つまり、高さの数字で線を引く説明は、いずれも公式の整理とは一致しません。判断されるのはその土地の具体的な使用態様です。
内閣官房「無人航空機の飛行と土地所有権の関係について」同資料出発点は民法第207条
民法第207条(土地所有権の範囲)「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。」
条文はこれだけです。「何メートルまで」という数字は民法のどこにも書かれていません。「上下に及ぶ」とだけ定めた条文を、無限の高さまで及ぶと読むわけにはいかないため、解釈によって範囲を画する必要が出てきます。その解釈を政府として整理したのが、次の文書です。
政府の公式整理を原文で読む
内閣官房小型無人機等対策推進室「無人航空機の飛行と土地所有権の関係について」(令和3年6月28日)。小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会の資料として公表されたもので、法務省民事局とも調整の結果としてまとめられています。以下は原文の引用です。
所有権が及ぶ範囲
「一律の高度以下なら同意が必要」なのか
2つ目の引用は特に重要です。航空法の高度規制と、民法上の所有権の範囲は、まったく別の物差しであると政府が明示しています。航空法の数字を持ってきて所有権の境界を説明することは、この整理と正面から食い違います。
総務省ガイドラインの記述
よく言われることと、公式の整理の対照
| よく見かける説明 | 公式の整理はどうなっているか |
|---|---|
| 所有権は地上三百メートルまで及ぶ | そのような基準は公式には示されていません。内閣官房の整理は「高度についての一律の基準は存在しない」と明言しています |
| 地上百五十メートル未満は土地所有者の領域である | 同上。150mは航空法の空域規制の数字であって、所有権の範囲を定めたものではありません |
| 航空法の最低安全高度より上なら所有権は及ばない | 公式に明確に否定されています。「最低安全高度は……利益の存する限度の範囲を定めるものではない」 |
| 他人の土地の上空を飛ばすには常に所有者の同意が必要 | 公式に明確に否定されています。「常に土地所有者の同意を得る必要がある訳ではない」 |
| 実際の判断基準は何か | その土地上の建築物や工作物の設置状況など具体的な使用態様に照らして、事案ごとに判断される |
では何で判断されるのか
公式の整理が示す判断要素は「具体的な使用態様」です。同じ高さを飛んでも、土地の使われ方によって結論が変わり得るということになります。
実務では、この判断を現場で確定させることは困難です。低空で建物に接近する飛行、住宅の敷地に沿ってホバリングする飛行などは、使用態様との関係で問題になりやすい類型といえます。撮影を伴う場合は、次に述べるプライバシーの問題も同時に生じます。結論を数字で言い切れない領域だからこそ、土地の所有者・占有者に事前に話を通しておくことが、実務上もっとも確実です。
「上空通過権」は設定できるのか
土地の上空を継続的に使いたい場合に、何らかの権利を設定できないかという発想があります。公式の整理は、この点にも触れています。
- 区分地上権(民法第269条の2)は工作物の所有を目的とするものであり、無人航空機の飛行のために設定することはできないとされています。
- 地役権(民法第280条)は他人の土地を自己の土地の便益に供するための権利であり、同様に飛行のために設定することはできないとされています。
- 土地所有者が、利益の存しない空間について利用契約を締結したとしても、相手方が排他的な利用権を取得することにはならず、第三者の飛行を妨げることはできないとされています。
つまり「上空通過権を買う」という解決策は、現行の民法の枠組みでは想定されていない、というのが公式の整理です。
小型無人機等飛行禁止法との接続
土地所有権の話は、別の法律の適用除外とも直結します。小型無人機等飛行禁止法の第10条第2項第2号は、土地の所有者・占有者(正当な権原を有する者に限る)又はその同意を得た者が、当該土地の上空で行う飛行を適用除外としています。
同法の対象施設周辺地域は、2026年7月14日の改正でおおむね1,000mに拡大されました。市街地では、対象施設から1km圏に入る土地が相当広く存在することになります。その圏内で飛ばすとき、土地所有者・占有者の同意は「あれば安心」ではなく、適用除外の要件そのものになります。ここでは民法上の議論とは別に、同意の有無が明確な法律要件として働くわけです。
プライバシー・肖像権の実務
所有権の問題をクリアしても、撮影が伴えば別の問題が残ります。総務省の「『ドローン』による撮影映像等のインターネット上での取扱いに係るガイドライン」(平成27年9月策定、平成29年5月最終改定)が実務上の指針です。
基本的な考え方
- 撮影行為の違法性は、①撮影の必要性(目的)、②撮影方法・手段の相当性、③撮影対象(情報の性質)等を基に、総合的かつ個別的に判断されるとされています。
- プライバシー侵害は公開する利益と公開により生じる不利益との比較衡量、肖像権侵害は受忍限度を超えるかで判断されるとされています。
- 撮影行為が違法な場合、それをインターネット上で閲覧可能にした行為自体も原則として違法とされています(最高裁平成17年11月10日判決)。
- ガイドラインは、ドローンが「住居の塀よりも高い上空を飛行するのが一般的で、通常は塀によって人の視界に入らない映像等を撮影可能」であることから、ストリートビュー型のサービスと比較してプライバシー侵害の危険性は一段大きいと整理しています。
具体的に注意すべき事項
| 場面 | ガイドラインが求めていること |
|---|---|
| 撮影時 | 住宅地にカメラを向けない/カメラの角度を住宅に向けない/ズームを住宅に向けない/高層マンション等にカメラを水平に向けない/住宅地周辺ではライブストリーミング配信をしない |
| 公開前の加工 | ぼかし処理の対象は、人の顔、ナンバープレート、表札、住居の外観、住居内の様子、洗濯物その他生活状況を推測できる私物 |
| 公開後 | 電気通信事業者は削除依頼に適切に対応する(プロバイダ責任制限法および同法の名誉毀損・プライバシー関係ガイドラインを踏まえる。未成年者の顔写真は原則削除可) |
法的リスクの整理
- 民事:民法第709条(不法行為に基づく損害賠償)
- 刑事:軽犯罪法第1条第23号(浴場・更衣場・便所等ののぞき見)、各都道府県の迷惑防止条例
- 行政:個人情報保護法(不正の手段による個人情報の取得の禁止)
個人情報保護法との関係では、表札の氏名が判読可能な場合や個人識別性のある容貌が含まれる場合、その情報は「個人情報」に当たるとされています。ぼかし加工をしても、加工前の映像を保存していればそれは個人情報のままです。なお、一般私人が趣味で撮影するケース等は、同法の対象(個人情報取扱事業者)から外れます。